人生うまくいかない、その意外な原因とは?

2018/03/03
 
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名古屋出身。28歳。
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仕事が自分に合わない、人間関係がうまくいかない、生活が苦しい。このように人生がうまくいかないということは、世の中の多くの人が抱えている悩みではないでしょうか。では、多くの人が人生がうまくいかない原因とは一体何でしょうか?

僭越ながら大変恐縮なのですが、この記事では、多くの人が人生がうまくいかない原因について、私のこれまでの経験やそこから得た学びや気づきを基に考えてみたいと思います。

そして、この記事では、映画「海賊とよばれた男」について少しネタバレしている部分がありますので、予めご了承ください。

 

実は、人生がうまくいかないのは当たり前?

あなたは、「海賊とよばれた男」という映画を観たことがあるでしょうか。あえてここで内容を説明する必要のないほど有名な映画ですが、簡単に内容を書きたいと思います。

 

映画「海賊とよばれた男」

海賊と呼ばれた男は、岡田准一演じる国岡鐵造の一生を描いた映画です。そして、国岡鐵造は、出光興産の創業者出光佐三をモデルにした人物です。そして、出光興産が巨大企業に成長するまでの過程を、海賊とよばれた男の中では「国岡商店」として描かれています。

この物語のはじまりは、1945年第二次世界大戦中で空爆によって街中が火の海になってしまうシーンから始まります。そして、シーンが変わり、戦争によって多くの店員(従業員のこと)を失った国岡鐵造は、残り少なくなった店員を前に話し始めます。

「愚痴は止めよ、愚痴は泣きごとである、亡国の声である。」「日本には三千年の歴史がある。戦争に負けたからといって大国民の誇りは失ってはならん。すべてを失おうとも、日本人がいる限り、この国は必ずや再び立ち上がる日が来る」

しかし、この時、国岡商店には売るための石油がまったく、倒産の危機を迎えていました。国岡鐵造はその事実は店員には話さず、誰一人として解雇することはしませんでした。

この「海賊とよばれた男」を観てみると解るのですが、このような倒産の危機は何度も何度も繰り返し国岡商店に襲い掛かります。それは、国岡鐵造が若くまだ国岡商店が小さい店舗の時から、国岡鐵造が60歳を超え国岡商店が自社ビルを持つほどの大企業になってからも何度も襲い掛かります。

国岡鐵造の一生は、そのような苦難の連続です。

 

国岡商店に襲い掛かる数々の苦難

この第二次世界大戦の敗戦で売るための石油がなくなり、倒産寸前という最悪の状況に陥る以前にも、これと同じような苦難は何度も国岡商店に襲い掛かってきました。

国岡鐵造が若い時(まだ国岡商店が無名の時)は、当時石炭が主流だったため、石油はまったく売れませんでした。まだ無名だった国岡商店の石油は、石油を使っている工場に売り込みをしても三流品だと馬鹿にされ門前払い。廃業の危機を迎えます。

しかし、そんな中、国岡鐵造は活路を見出します。どんな活路か?これは映画で確認してみてください。この活路が、国岡鐵造が海賊と呼ばれた始まりでもあります。

そして、第二次世界大戦後。売るための石油がなく倒産寸前だった国岡商店は、元海軍大佐が持ち込んできたGHQ*の政策として、ラジオ修理の仕事を始めることにしました。これには、役員からの反対がありましたが、売るための石油がないということもあり、周囲の反対を押し切り始めることにします。

この時、ラジオ修理以外にも定置網漁業や印刷業など石油とは全く関係のない仕事を数々請け負って、倒産の危機を乗り越えます。

あまり書き過ぎてしまうとネタバレになってしまいますので、これぐらいにしたいと思いますが、ここで挙げた以外にも、国岡商店は数々の倒産の危機に直面してきて、その度に活路を見出して乗り越えます。

※GHQとは?

《General Headquarters》総司令部。特に、第二次大戦後、連合国軍が日本占領中に設置した総司令部。マッカーサーを最高司令官とし、占領政策を日本政府に施行させた。昭和27年(1952)講和条約発効により廃止。

(参照元:コトバンク

 

人生がうまくいかない人ほど大きな成功を手に入れる

私は「海賊とよばれた男」を観ていて、人生がうまくいかない人ほど大きな成功を手に入れることができるということを感じましたし、人生に大きな目標を持っている人、強い思いを抱いている人ほど、襲い掛かってくる苦難は大きくなっていくのだと思いました。

そして、その苦難は、乗り越えても乗り越えても何度でも繰り返しやってきます。しかし、その苦難を乗り越えていくことで、他の人では手に入れることができないほどの大きな成功を手に入れることができるんだということを感じました。

つまり、人生に目標がある人にとっては、人生がうまくいかなくて当たり前ですし、むしろ、うまくいかないということは大きな成功を手に入れるためのチャンスだと、私は考えています。

 

人生がうまくいかない原因とは?

今ネットで調べてみると、驚くほどたくさんの人たちが、人生がうまくいかないと悩んでいることがわかります。自分に合った仕事に出会えない、人間関係がうまくいかない、人生が楽しくないなど、理由は様々ですが、本当にたくさんの人が思い通りの人生を歩めずに悩んでいるように感じます。

しかし、そんな悩みを読んでいつも思うことがあります。「とてももったいないな」と。なぜこう思うのか?それは、私自身の経験から人生がうまくいかない原因について気付いたことがあるからです。

私が考える人生がうまくいかない一番の原因は、目標に向かって進んでいることです。私は、うまくいかないことが起こると、いつもラッキー!と叫びたくなってしまいます。なぜなら、それは私自身が叶えたい目標に向かって進んでいるという証明でもあるからです。

自分に合った仕事に出会えない
人間関係がうまくいかない
人生が楽しくない

など、どんなことであっても人生に不満を感じるということは、意識的もしくは無意識的にでも叶えたい目標、理想とする自分の人生像があるからだと思います。そしてそれは、とても大事な人生の目標だとも思いますし、だからこそ、うまくいかないと感じるような出来事が繰り返し起こるのだと思います。

このことは、実は、ここ最近でも身をもって体感する出来事がありました。僭越ながら大変恐縮なのですが、少しだけそのことについて書かせていただきたいと思います。

 

計画通りに進まないヨットの回航

実は今、私は、ヨットの回航をしています。神奈川県から三重県までの回航ですが、始めてからすでに3週間以上が経過しているにも関わらず、まだ終わっていません。その一番の原因は、何度も何度も繰り返し押し寄せる苦難です。

 

強風のため足止め

神奈川を出航して回航の目的地である三重県までは、当初の予定では、順調に進めば1週間ほどで到着する予定でした。

なぜ1週間で到着するような場所に3週間以上もかかってしまっているかというと、一番の原因は強風です。車で移動するときにはほとんど気にも留めない強風がヨットでは大きな障害になります。酷ければ、命を落とすことにも繋がります。

そして、内陸の方ではあまり感じられないかもしれませんが、海沿いは、台風?とも思える強風がこれでもかというほど続きます。一週間ぶっ続けで平均10m以上の強風が吹き続けることは日常茶飯事で、台風でもない日に最大風速が30mになることも珍しくありません。

この強風には、回航初日からこれまで何度も足止めを食らわされています。初日、「いざ、出航!」と意気込んでいたところ、強風のため今日は出航しない方が良いとマリーナの方に言われ出航を断念。

初日以外にも、御前崎から愛知県田原市にある漁港に向かう途中では、急に強風が吹き始めたために航路を引き返し、その時一番近くにあった浜名湖の漁港に避難したり、その避難した浜名湖の漁港では、台風並みの強風が吹き止むことがなく3日間足止めを食らったりしました。

この強風が原因で、なかなか目的地に近づくことができませんでした。

 

死を覚悟

そして、私は、今回の回航で、一生忘れられない苦難を経験をしました。それは、死を覚悟した経験です。その経験は、静岡県の下田から御前崎に向かう時に起こりました。

御前崎に向かう当日の天候は晴れ、風と波の予報は強くなっても8mほどまでしか上がらず、8mまで上がった後は風速は落ちていくという予報でした。航海するには問題ない予報です。そして、実際に海に出てみても風と波は予報通りで、航海は順調に進んでいきました。

しかし、ある一点を境に急に海の雰囲気が変わり始めました。急激に風速が上がり、波も高くなり始めました。それまできれいな青色だった海の色は、一変して黒色に変わりました。その変化は、まだヨット経験の浅い私でさえ気付くことができるほど明らかでした。

そして、予報では落ちていくはずの風速は、落ちるどころか、どんどん強くなっていきました。波も大きく高くうねり出し、ヨットが余裕で埋まってしまうほどの高波が起こり始めました。

ヨットは、その壁とも思える高波を垂直に登って、波のてっぺんで宙に浮き、その後水面に叩きつけられるようになりました。

この時、御前崎マリーナまであと13マイル(約20km)。

そして、向かい風の強風と高波の影響でヨットの速力は急速にダウン。後でキャプテンから聞いた話ですが、この時の速力はわずか0.4ノット(≒0.7km/h)だったそうです。

御前崎まで後13マイルという所まで来てから、ほとんど周りの景色が変わらず、進んでいる実感のないまま、私たちはただ途切れることなく襲い掛かって来る高波を乗り越え続けるしかありませんでした。そして、何も状況が変わらないまま日が暮れて辺りは真っ暗になってしまいました。

辺りは真っ暗、どこからともなく押し寄せてくる高波で急にヨットが大きく傾き、そして海に叩きつけられます。私は、初めて恐怖という言葉では言い表せないほどの恐怖を感じていました。そして、心の底では「もうダメかもしれない。」と思い始めていました。

その思いと同時に、操船をしていた私の体は突然全身が痺れ出して、感覚もなくなって力も入らなくなり始めました。しかし、依然、強風と高波はまったく弱まることはなく、その影響で握っていた舵は重くなっていく一方でした。だんだん体力と精神力が限界に近づいてきているのがわかりました。

そして、この時私は人生で初めて死を覚悟しました。

体力と精神力の限界、周囲は強風と高波、どこにも避難できる場所がない。「人はこうやって死んでいくんだろうな。」と心の中で感じていました。

私は、恐怖と不安から、キャプテンに御前崎に近づいているかどうかを確認しました。すると、キャプテンからは「ちゃんと近づいとる!」と力強い言葉が返ってきました。

後から聞いた話ですが、実は、この時強風と高波の影響でほとんど前に進んでいなかったそうです。私たちは、ほとんど同じ場所で次々と来る波をただ乗り越えていただけでした。

しかし、このキャプテンの「ちゃんと近づいとる!」という力強い言葉が、私の恐怖と不安を和らげてくれました。それと同時に、少しずつではありますが、身体の痺れもなくなり、少しですが腕に力が入るようになりました。これは、私自身とても不思議な感覚でした。

この不思議な体験は、今でも鮮明に覚えていますし、そのキャプテンの言葉が限界だった私の原動力でした。

その後、永遠とも思える嵐の中を5時間ほど航海して、無事、御前崎マリーナに到着しました。航海した時間は、当初の予定よりかなり遅れて、下田~御前崎間に15時間を要しました。灯台を超えて港内に入ると、それまでのことが嘘だったかのように急に風と波もおさまりました。

まさに天国でした。港の有難みをこれほどまでに感じたことはありません。

 

気付けばゴール間近!

こんなトラブル続きで、「本当に終わりが来るの?」と思ってしまうほどの航海でしたが、気付けば、目的地まであと少しのところまで来ました。ついに、次の目的地がゴールの三重県の港です。

この経験からも感じたことですが、どんなにうまくいかなかったとしても、諦めずに問題や困難を乗り越えていけば、ゴールに近づくことができるんだと思いました。

問題や困難に直面している時は、目的地に近づいている実感が湧かないかもしれませんが、その問題や困難を乗り越えていく中で、少しずつちゃんとゴールには近づいています。

そして、今回の航海で起こった数々の問題や困難は、私たちに神奈川県から三重県までヨットを回航するという目的があってその目的を果たそうとしていなければ起こらなかったことだと思います。

もし、回航を業者に頼んでいたり、途中で諦めていたら、今回の問題や困難は経験することはできませんでしたし、そこから得た大きな喜び、感謝、学び、気づきも経験することはできませんでした。

このことからも、問題や困難は、やはり目的があってその目的を果たそうとしている人に起こることなんだと改めて実感しています。

つまり、人生がうまくいかない原因は、目標に向かって前進していることです。

 

まとめ

今回は、僭越ながら、私の実体験を基に人生がうまくいかない原因について考えてみました。この記事が、人生がうまくいかずに問題や困難に直面している人にとって、それを乗り越える原動力になったら幸いです。

 

 

 

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